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《金曜連載/第4回》17歳でプロeスポーツチームの代表になった僕は人生の軌跡に何を思うのか。「僕が“黒まめ”になったわけ~高校生 中編~」【全16回】

◆ 永田 大和
宮崎県を拠点に活動するマルチプロゲーミングチーム「Fiveness Esports」の代表。”黒まめ”の愛称で親しまれ、高校3年生だった2020年1月にはレインボーシックスシージのトーナメント大会「Fiveness JapanCUP」を主催し成功を収めた。”現役男子高校生が1人で、400人以上が出場したeスポーツの大会を開いた話。”などnoteでも自身の体験を発信し注目を集めている。

こんにちは、黒まめこと永田大和です、前回に引き続き高校生編をアップしていきたいと思います。

前回は企画委員会に入り、超優等生になったところまででしたね。

今回はその続き、2年生の終り頃からです。

1.生徒会役員になった私

2年生として企画委員会の激務を乗り越え、私はその仕事の魅力にどっぷり浸かっていきました。

自分の考え、行動が多くの生徒の役に立ち、そして多くの生徒が楽しんでくれる。そういう状況がとても楽しかったんですよね。

そして、企画委員会の時お世話になった生徒会の先輩からの後押しもあり、私は生徒会役員に立候補することを決意しました。

1年生の頃、推薦者として立った壇上に、私は立候補者として立っていました。

企画委員会として、人前に出ることには慣れつつあったのですが、やはり1000人の前に立ち、自分の考えを話すというのは緊張した記憶があります。

しかし、自分を信じ、応援してくれる人たちが確かにいました、私はその人たちの存在に助けられ、無事、生徒会役員への当選を果たしました。

当選した面々の中には企画委員会として苦楽を共にした友人たちの姿もありました。

これからはこの学校を自分がより良い物にしていくんだ…!と、興奮したのをよく覚えています。

生徒会の仕事は企画の仕事の数倍大変でした、それはもう本当に。

私の代の生徒会は十数名、その人数で全校生徒に関わる庶務をこなさなくてはならないので、忙しいのは理解していましたが、想像を絶するものでした。

全校生徒にお知らせする場合は、全クラス、もしくは全校生徒にプリントを配らなくてはいけないので、印刷物は最低60枚、最高1000枚くらいありました。

それが10ページ構成とかだった場合本物の地獄です。

毎日PCと書類と睨めっこ、ホッチキスを数時間ぶっ続けで打ち続けていたこともあります。

生徒会の活動は毎週月曜日と水曜日、学校の行事には全て参加(土日含む)、必要があれば、校外、県外にもいきました。

そんな生徒会としての日々を過ごし、気付けば

2019年3月

短いようで長かった生徒会の研修を終え、先輩方は卒業していかれました。尊敬していた方々だったので、とても寂しかったです。

丁度その時、生徒会の研修の終了、先輩方との別れと共に、大きな出来事がありました。

2.設立

2019年3月

Fiveness設立。

私が副代表兼選手を務める、Fivenessが設立されました。

当時の代表と二人で、メンバーを集め、企業に営業をかけ、スポンサーを取り付けて、満を持して設立されたFiveness。

私にとってそれは、あくまで趣味の延長にあたるものでした。

スポンサーの意味とか、凄さとか。

ていうかそもそもeスポーツってなに?市場規模?美味しいのそれ?って感じでしたからね。

私は、ただただゲームが好きで、少しだけ上手いだけのただの学生でしたから。

ゲームで強くなって大会に出て、勝てば有名になってお金貰えるんだろうな!っていう甘い考えで、プロになったのを覚えています。

その甘い考えがボコボコにされるのはそう遠くない日のことでした。

夏頃だったのを覚えています。

生徒会として活動していた私は、三大行事の仕事も入ってきて、てんてこまいな毎日を送っていました。

生徒会の仕事のしんどさは前述しましたが、そんな普段の業務にあっぷあっぷしてる中に三大行事まで入ってきたらもう大変です。

月曜日:生徒会
火曜日:三大行事
水曜日:生徒会
木曜日:三大行事
金曜日:三大行事
土曜日:三大行事
みたいな感じ…w

加えて、企画委員会も、担当の生徒会役員が動かす必要がありました。

私の場合、文化祭とクラスマッチの二つを兼任していたので、それなりの人数の仕事を把握する必要がありました。

私たち生徒会役員が、企画委員たちの仕事を把握し、分担、そしてその結果に責任を負い、必要があればそのフォローもしなくてはいけません。

そういった活動の中で、『人を動かす』とはどういうことかを学んだんですよね。

まぁ、そんな日常を過ごしていると、やはりゲームに割ける時間は圧倒的に減っていきます。

もっと時間をさけるメンバーと差が開いていくんです。

そう、戦力外通知です。

私は選手としての道を諦め、競技シーンの一線から退きました。

3.気付き

私は悲しみました。

もっと選手として活動したい!世にいるスター選手のように華やかな舞台に立ちたい!

そういう思いはありましたから、本当に悔しかったです。

しかし、私はハッと気づきました。

あれ?自分の居場所…このチームに無い?

そう、選手としての活動に限界がきて、尚且つ業務処理能力も無ければ、業界知識にも乏しい。

お飾りだけの副代表なんて、いる意味なかったんですよね。

必死に考えました。

自分に何が出来るのか、何をすべきなのか。

このチームに居続けるためには、居場所を創り出さなくてはいけない、自分の価値を示し続けなくてはいけない。

そう、思いました。

幸いにも、私には多くの経験と知識がありました。

勿論、既に社会に出ている方や、私よりも、もっと早くに気付き、行動に移しているような方々からすれば微々たるものですが。

それでも、確かに得てきた経験と知識はありました。

私は、それに気づいた時、選手を諦めて運営をすることを誓いました。

ありがとうございます!

中編、いかがでしたでしょうか。

やっとFivenessやeスポーツの文字が出始めてきましたね!

後編も是非読んでやってください!

それではまた!(第4/16 完)

▶︎ note:黒まめ / FVS代表
▶︎ Twitter:永田 大和 / FVS代表
▶︎ HP:Fiveness Esports

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