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《金曜連載/第1回》17歳でプロeスポーツチームの代表になった僕は人生の軌跡に何を思うのか。「僕が“黒まめ”になったわけ~小学生編~」【全16回】

◆ 永田 大和
宮崎県を拠点に活動するマルチプロゲーミングチーム「Fiveness Esports」の代表。”黒まめ”の愛称で親しまれ、高校3年生だった2020年1月にはレインボーシックスシージのトーナメント大会「Fiveness JapanCUP」を主催し成功を収めた。”現役男子高校生が1人で、400人以上が出場したeスポーツの大会を開いた話。”などnoteでも自身の体験を発信し注目を集めている。

初めまして、宮崎県を拠点に活動するマルチプロゲーミングチームFiveness Esports代表の永田 大和です。

今回からゲーマーゲーマーさんの連載企画として僕の軌跡の物語を執筆させていただくことになりました。以前からnoteの方で僕の自己紹介やFiveness Esports主催で開いた大会での苦悩などを書かせていただいておりましたが、この連載企画ではその内容を深掘りし、更にリアルでディープなところに焦点を当てて書いていきたいと思います。

僕の現在の年齢は18歳で、高校を卒業して今は社会人としてゲーム制作会社で働いています。普通に見れば高校を卒業し、大学へは行かずに就職したただの人間ですが、僕の場合はこれに付け加えて、マルチプロゲーミングチームの代表という肩書きが追加されます。

僕はなぜマルチプロゲーミングチームの経営者になり、なった今何を思うのか、それをお伝えするには僕の人生の根幹と呼べる部分からお話するべきでしょう。

最初の方はeスポーツとは関係ないことばかりで退屈に感じられるかもしれませんが、僕と同じようにeスポーツチームを運営したいと考えていらっしゃる方にとっては意味のある内容にしていきたいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。

僕という人間を語る上で外せないもの、それは幼少期の家庭環境でしょう。人それぞれ、家庭環境への価値観や、幸福の基準などはあると思いますが、僕個人の意見としてはあまりいい家庭環境では無かったと思います。何故かと言いますと、ほとんどの思い出の中には痛みと血の味がまざっているからです。

父は怖い男でした。痛みで教育をする人で、悪いことをしてしまったり、何か失敗してしまったりするとよく殴られていました、殴られて、自分の鼻血を自分で拭き取るという行為を何度もしたことを覚えています。

気持ちのいい話ではないのでここに関しては深掘りしませんが、何はともあれ、幼い僕にとって父親という存在がどれほど恐怖だったか、少しでも分かっていただけると幸いです。

この、父親への恐怖という概念は、僕の人生においてとても意味のあるものとなりました。他人への気配りや、相手の気持ちになって考える。といういわゆる道徳心というものは、学校社会という場で磨かれていくのが普通だと思います。

多くの価値観や、思想の波に飲まれ、その中で自分という人間を組み上げていき、他者との関わり方を模索し、学習していく。僕はその工程を全て家庭内で終えてしまいました。父親への恐怖は、僕を動かす大きな原動力でした、どうすれば叱られないのか、どうすれば殴られないのか。家族だからこそ、関わらないという選択肢が無かったのです。

つまり、心底関わりたくない人間とどのようにして関わるべきなのか。家という本来心が休まる場は、常にそういうことを考え続けなければならない。僕にとっての最初の戦場と呼べるものでした。

小学校に上がる頃、僕にとって学校は心を休められる場所でした、父親に怯える必要が全くないからです。普通に友人と遊び、学ぶ。本当に普通の小学1年生でした。小学2年生になり、僕のセーフゾーンだった小学校は、戦場になりました。些細なことが原因だったと思います。いじめの標的になってしまったのです。

流石にショックを受けました、そりゃ田舎の小学2年生のいじめですから、内容はたかが知れていますが、僕にとっては初めての環境の変化でした。今まで友好的だった人間に突然裏切られるという恐怖を初めて味わったのです。

いじめは小学4年生まで続き、次第に男子の中に居場所が無くなり、女子と仲良くなるようになりました。それもいじめをエスカレートさせる原因となり、僕の心は小学4年生になる頃には疲弊しきってしまい、ついに僕は母親に頼りました。その頃の母はまだまともで(母親に関しては中学生編でお話しします)、僕に親身になってくれていましたから、結果的に僕は助けられ、いじめも無くなりました。

無くなったとは言っても、相手からすると「親を出してきてずるい」という感じでしょうから、好かれていたかどうかは怪しいです(絶対嫌われてた)。
ただ、いじめが終わったことにより、僕の中で何かが弾けました。

「絶対見返してやる」という気持ちです。

そこからは手あたり次第でした、運動会のリーダーや委員会の仕事をこなし続け、自分の地区に僕の考案した看板を作ったり、中学校とのサミットに出席したりと、がむしゃらに仕事をこなしていた記憶があります。

結局それで周りからの評価が変わったかどうかは定かではありませんが、自分の成したことが、なんらかの形で残ったり、自分の行いで誰かが喜んでくれるのは嬉しいものでした。今思い返せばそういった経験が今の活動にも活きているのだと思います。

小学校生活も終盤に差し掛かり、小学5年生の後半、僕は中学受験をすることを決意します。僕は本当にクソガキなので、自分はもっとやれる、もっとレベルの高い環境に身を置きたい。そういう思いがありました。調子に乗っていたんですね。

まぁ根幹にあったのは、俺をいじめていたやつらと同じ中学校に行きたくないといいう思いだったんですが…
動機はどうであれ勉強に励む生活に突入しました。相変わらず委員会の仕事は続いていましたが、平日は一日8時間、休日は12時間勉強していました。勉強嫌いの僕からしたら本当に頑張りました。まじで。

多分人生であの時期以上に勉強したことはないと思います。その努力の甲斐あってか無事志望校に合格。晴れて中学生デビューすることになりました、それが転落への門出とも知らずに。

ということでいかがでしたでしょうが小学生編。

最後は少し駆け足気味でしたが、それだけ何事もなく過ごしていたんだろうなと思います。勉強、仕事、勉強、勉強、勉強。って感じです(笑

次回は中学時代に突入します。波乱万丈でした、中学校になってやっとeスポーツの影がみえてきます!それでは!また次回お会いしましょう!(第1/16 完)

▶︎ note:黒まめ / FVS代表
▶︎ Twitter:永田 大和 / FVS代表
▶︎ HP:Fiveness Esports

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